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鈴木昭男 「SOUND REPORT」
開催後記

7月4日に行われました「鈴木昭男 Sound Report」、沢山のご来場ありがとうございました。
来場された方々がブログ等で感想を述べられていますので、文末に転載いたします。

ここで、当日のエピソードを一つ紹介いたします。

第一部では自転車旅「さ・ね・と・り」の報告と、弥生時代の遺跡を訪ねた際に浮かんできた楽曲を演奏していただきました。
その最後の演奏の時のことです。
鈴木さんは、土笛の音が小さいのを気にされてかスピーチ用のマイクを使って演奏され、吹き終わると同時に、このような事を話し始めました。

鈴木 「なんか、すごい体験しちゃったですね。やっぱりこれは、アコースティックでやるべきだった(笑)。
空間取られて違う音(おん)が出来たんですね、やっぱりね。擦れた音とか出たでしょう?そういうこと、有り得ないもん。
マイクで捉えたら空間音が変わって、だーめになっちゃったかもしれない、ふっふっふっふっ(笑)。
駄目っていうか、古代はホンマにやらなきゃいけなかったっていうか…、現代人の反省でした。 やっぱり、アコースティックに戻ります(笑)。」


『電気音響によって、音楽が持つ大切な何かが変容してしまう』


これは、2009年11月3日に行われたMusic of New Reference 公式イベント「ミュージック・オブ・ニュー・リファレンス 2009 イン 京都」の
もう一つのコンセプトでした。

今この瞬間も、音楽や音が持つ「ちから」の減退を伴いながら、世界中で電気音響テクノロジーが使われています。
この百年間、「何か大切なものが変容してしまっている」と分かっていながらも、
一体それが何なのか、明確に言語化も論理体系化もされないまま議論は先延ばしになっています。
我々は、この現状を「おかしい」と思わなければいけませんし、多くの音楽の謎はそこに封印されています。

無力にも、我々人類は一度手に入れてしまった電気音響テクノロジーを放棄することは出来ません。
気まぐれに取り込んだテクノロジーは、音を増幅させることにも、「ちから」を無力化する事にも、強力に働いてしまいました。
しかし、「相手を嫌うということは、相手を理解していないということ」という言葉があるように、
音楽のための電気音響テクノロジー」を再定義しなければいけない時代に差し掛かっているのかもしれません。

音楽が、真の意味で電気音響テクノロジーを吸収同化できた時、人間はひとつ新しい知性を手に入れることが出来ます。
音楽の宿題は山済みのようですが、この厄介な問題を共に解いていただければ幸いです。

2010年7月19日 Music of New Reference 能美亮士 東岳志 富山裕之



Concert data

日時 2010年7月4日(日) 開場6:30 開演7:00 前売 2,500円 当日 3,000円 

場所 大阪 心斎橋 nu things JAJOUKA 大阪市中央区西心斎橋 2-18-18 トポロ51 地下1F 06 6211 8711

第一部 
2009年11月下旬、土笛のルーツを追い、京丹後市から下関まで1000kmの道程を各地の弥生遺跡を訪ね演奏した1ヶ月に渡る自転車旅行「さ・ね・と・り」の報告。

第二部 
Analapos、Aeolian Harp、Blackbox、石打ち、etc

出演 
演奏 鈴木昭男 
聞き手 東瀬戸悟

STAFF 
レセプション 
園田純子(大阪 アーツアポリア) 

アーカイブ (録音・撮影・写真)
斉藤知 増川智子 浜野ユキヨ 富山裕之 東岳志 能美亮士

制作  HOREN / Music of New Reference



イベントレポート
 
蒼月書房 diary 2010年7月4日分より転載

nu thingsに、鈴木昭男さんの公演を聴きに行ってきた。
第一部は、東瀬戸さんとのトーク。
去年の11月下旬に、鈴木昭男さんが、支援する人達の協力によって、京丹後市から山口県までを日本海に沿ってママチャリで旅をし、
弥生時代の土笛のルーツを追っていくというもの。
この土笛のルーツを巡る旅は、「さ・ね・と・り」という名称がつけられていた。
「さ」は稲作を司る神の尊称で、「五月」「五月雨」「早苗」などの言葉の最初に付けられる。
「ね」はもちろん音。
それを「たどる」ので「さ・ね・ど・り」になり、「さ・ね・と・り」に改称されたとのこと。
「とり」は、自分が人生でこんな旅をするのは最後だろうという「トリ」の意味も込められているとか。
鈴木昭男さんは68歳。しかしまぁ元気だ。話の中で、ちょいちょい女性が女性がと言ってしまうのも、やっぱり元気な証拠だ。
古代には、言語のひとつひとつに意味があり、音としても非常に重要に扱われていたと思われるので、
弥生時代の土笛のルーツを巡る旅には、最適な名前だと思う。

鈴木昭男さんは音楽の人だし、イベントの主旨からは外れるので、歴史については多くを語らなかったけど、
この土笛を巡る旅というのは、日本の古代史が好きな人とかには想像をかきたてられるんじゃなかろうか。
土笛は、舞鶴から九州福岡のかなり北の方の範囲のみで出土しているそうで、
それはたぶん、畿内の大和政権とは別の、出雲王朝とか、記紀神話でいう国津神とかそういうのにつながるんじゃないかと思う。
あぁ、面白そうだ。

土笛が出土したという各遺跡では、鈴木昭男さんに降りて来る弥生時代の音を再現しようという試みがされていた。
会場では、その時の音をさらに再現しようと、何曲か土笛を演奏していた。
それまで、マイクを通さない演奏やったけど、最後の曲だけマイクを通しての演奏。
これは鈴木昭男さんが、「マイクの力を借りていいですか?」と言い出したからやったけど、演奏し終えた後、
マイクを通したら全然違う音になってしまって、弥生時代の音には程遠い(と思われる)音になってしまったらしく、
マイクを使ったことを反省してはった。

休憩中、トイレがこんでいて、コンビニの方が早いかと思って外に出たけど、アメ村のコンビニはどこもトイレ貸し出ししてないのね。
トイレを探す旅は、結局ビッグステップまで行ってしまった。

 第二部は、演奏。
自作の楽器アナポラスが、すごい音出してた。
これは、形としては糸電話の大きいので、紙コップにあたるものがアルミかスチール缶、糸にあたる部分がバネになっている。
片方の缶を聴衆の誰かに持ってもらい、4,5mくらい離れたところから、鈴木昭男さんが、バネを弾いたり振るわせたり、
缶の中で声を出したりして音を出す。
以前見た時は、京都の美術館で遠くの方から見てたけど、今回はぼくの隣の人が缶を持つ役になったので、
アナポラスそのものから音が発せられてるのが解るし、響きがすさまじい。機械を一切使わずこんな音が出せるのは、なんともすごいな。
他にも、大好きな『はごろも』も聴けた。
これは、5本のガラスチューブを水平に吊っていて、それらをこすったり息を吹きかけたり、
スティックで叩いたりして音を出す。
でも、これはどうやってあんな音が出てるのか、解らなくて、いつ聴いても神秘的な音だ。

他にもいろんな演奏があった。
様々素材を使った、叩く、擦る、弾く、吹きかける、振るわすなどの動きが、すべて音につながる。
これだけ音を自在に操る人が、弥生時代に存在したら、それはもう、ものすごい神官、もしくはほとんど神として見られてたんだろうなと想像した。

 最後の最後はやっぱりアナポラスということになった。
鈴木さんが、最後は女性に缶を持ってもらおうと言って指定したのが、一緒に行っていたアーコ先輩だった。
これまた隣ですごい響きを聴いたけど、たぶん、缶を持ってる人が一番凄い体験をしてるはずで、後から聞いたら、
缶の中に小宇宙があるかのようだったとのこと。持ってると伝わってくる振動がすごかったらしい。 

こういうのは、CDではちょっと体験できないので、行ってよかった。
なんか体の中の、いろんな感覚の扉がぶわっと開いた感じでした。

 

アオアオマン 2010年7月4日分より転載

鈴木昭男「SOUND REPORT」@NU THINGS JAJOUKA
午後7時から、NU THINGS JAJOUKAで鈴木昭男「SOUND REPORT」

第一部 トーク
東瀬戸君がナビゲートして、鈴木昭男氏の「さ・ね・と・り」(弥生の音を訪ねて)についてのトーク。
旅の映像も同時に流されていた。
鈴木昭男氏は昨年11月、京丹後市から下関まで、土笛のルーツをたずねる約3週間の旅を行なった。
下関の綾羅木遺跡で土笛が発見されて以来、山陰地方に点々と出土した笛の軌跡をたどり、遺跡の現場でおりてくる弥生時代の音を再現しようとしたものだ。
ママチャリ使って、のたれ死に覚悟での単独行の予定だったが、鈴木氏の活動を応援したい人々によって、その記録がとられた。
おかげで、その場で降臨してきた弥生の音が記録されることになったのである。
出発時はハネムーンさながら、自転車に空き缶結び付けてカラカラと華やかにスタートを切ったが、なんと2日めに鈴木氏の足に激痛が走る。
仕切りなおすのは、出発を大勢の人間に祝われただけに、ためらわれた。
(影武者を走らせる案などが出たという)だが、このとき宿泊した地で入った温泉の効果か、翌日には足はケロリと完治。
まるで何かの力にいざなわれるかのような神秘的な旅のはじまりになったのである。
この裏日本の旅に、鈴木氏は「さ・ね・と・り」と名前をつけた。
弥生時代の音をたずねる旅なので、稲作神を尊称する「さ」(早苗や早乙女など)、音を意味する「ね」、それをたどる意味で「とり」、
また、この旅を鈴木氏自身の音楽の旅の「トリ」とする意味でも「とり」と名付けた。
「さね」が陰核の意味だということは後に知ったが、なんだかそんなことも鈴木氏の背中を押す効果があったみたいだ!
NHKの関門便りで下関の話題として、取材を受けたことなども。
また、トークの流れで、各遺跡で吹いた音も、いくつか再現もしてくれた(青谷上寺地遺跡での音など)。
弘法大師が発見したという湯免温泉には遺跡は無いものの、その場にも音が降臨したそうで、鈴木氏はそれを「名曲」と言っていた。
今回、吹こうとしたが、なぜか思い出せず。と、なるとなおさら聞きたくなってくる。空海ゆかりの音なんだから、CDなどではなく、
じかに耳で聞きたかった、とのこじつけ的思いもつけ加えておこう。
鈴木氏は、マイクを通さずに土笛を吹いていたが、最後の曲だけはマイクを通して演奏された。
演奏後、すぐに、マイクを通したことによって音が変わってしまい、すっかり弥生時代の音がダメになってしまったことを鈴木氏は反省されていた。

休憩後、第2部はパフォーマンス。
弥生時代の土笛の世界とは一転、アナラポスや、各種創作音具を使ってのライブパフォーマンス。
アナラポスは見た目は大きな糸電話みたいなもので、これがやっぱり面白かった。
発泡スチロールでキュキュキュキュ音を出したり、石を打ち付けて音を出したり、壜を打楽器のように叩いたり、
と、自在な音の世界は細胞の新陳代謝を促すかのごとくであった。
見ていて、山ほどアイディアが湧いてきた。

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